
雨の日の混浴
雨がぱらついていたので、きっと空いているだろうと思い、昼頃いつもの湯に行ってみた。
ところが、意外にも駐車場はいっぱいだった。
浴場に降りていくと、かなりの数の男性と、カップルが数組、すでに入浴していた。
みんな屋根のある場所に集まっていて、少し混み合ってはいたけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
熱い湯と、ぬるい湯。
雨は止んだり、またぱらついたり。
曇り空の下、新緑が少しずつ芽吹きはじめていて、あたりは春のやわらかい空気に包まれていた。
屋根のある熱い湯の方は、だんだん人が増えて少しぎちぎちになりそうだったので、私たちはぬるい湯の方へ移動した。
そちらは人も少なく、ゆったりと湯に浸かることができた。
顔見知りのお湯友と少し言葉を交わしたり、ただ静かに湯に浸かったり、風を感じたり。
そうしているうちに、気がつけば、3時間が過ぎていた。
この日も、同じ湯に、いろんな人が浸かっていた。
カップルが入ってくると、少し空気が変わる
混浴に入っていると、カップルが入ってきたとき、少しだけ場の空気が変わるのがわかる。
男性たちが急に何かをするわけではない。
でも、姿勢を変えたり、少し場所を動いたり、急に静かになったり。
少しだけ、空気が動く。
女性が入ってくると、場の雰囲気が少し華やぐ。
それまでそれぞれ静かに湯に浸かっていた人たちの間に、少しだけ緊張と、少しだけ嬉しそうな空気が混ざる。
その感じを、少し離れたところからぼんやり眺めているのが、私はけっこう好き。
カップルはカップルで、二人の時間を過ごしている。
周りの人たちは、その空気をなんとなく感じながら、それぞれの距離で湯に浸かっている。
誰かが何かを言うわけではないけれど、なんとなくみんなその場の空気を感じながら、少しずつ場所を譲り合ったり、距離を取ったりしている。
そういう目に見えないやりとりが、混浴の中にはたくさんある。
同じ湯に、いろんな人が浸かっている
この日は、20代から70代くらいまで、本当にいろんな年代の人がいた。
一人で来ている人。
カップルで来ている人。
常連さん。
初めて来たような、少し緊張している人。
静かに湯に浸かりたい人。
会話を楽しみたい人。
少し離れたところから眺めている人。
女性に近づこうとする人。
逆に、女性が安心して入れるように気を配っている人。
みんな目的も、考えていることも、きっと少しずつ違う。
でも、同じ湯に浸かっている。
混浴に入っていると、
人の性格や、距離感や、その人の余裕みたいなものが、なんとなく見えるときがある。
積極的に話しかける人。
でも近づきすぎない人。
場の空気を読まずに距離を詰めすぎてしまう人。
不慣れそうな人に、さりげなく場所を譲る人。
同じ湯に浸かっているだけなのに、
人それぞれの性格や、考え方や、優しさや、余裕みたいなものが、少しだけ見える。
私は、パートナーの隣でそれを眺めている
私は、パートナーの隣で、湯の中のいろんな人の気配を感じる時間が好き。
でも、それを安心して「面白いな」と感じられるのは、たぶん、彼が隣に居るから。
ここまではいい、でもこれ以上は近づかないでほしい。
そういう線を、言葉にしなくても、態度や距離感できちんと示してくれる人が隣にいるだけで、女性の安心感はずいぶん変わると思う。
混浴というと、場所のルールやマナーが注目されがちだけれど、
実際には、「誰といるか」「周りにどんな人がいるか」で、同じ場所でも空気は大きく変わる。
私はたぶん、お湯そのものだけじゃなくて、
そういう距離感や、線引きを大切にしている人たちがいる、この場所の空気が好きで通っているのだと思う。
混浴は、人が作っている場所なのだと思う
別浴の温泉だったら、空いている方がいい、という人は多いと思う。
静かに入りたい日もあるし、誰にも気を使わずに過ごしたい日もある。
でも、混浴は少し違う。
少し人がいて、
少しざわざわしていて、
ときどき誰かが入ってきて、
そのたびに、湯の空気が少しだけ動く。
女性が入ってきて、場の空気が少し変わる瞬間。
カップルが静かに二人で湯に浸かっている時間。
一人で来ている人が、少し離れた場所で静かに目を閉じている姿。
常連さんたちの、いつもの場所、いつもの距離感。
みんなそれぞれ違うのに、同じ湯に浸かっている。
混浴は、お湯だけでできている場所ではなくて、
そこにいる人たちの距離感や、空気や、気配でできている場所なのだと思う。
だから私は、人のいる混浴が好き。
同じ湯に、いろんな人が浸かっている。
その感じが、私はとても好き。
混浴で女性が安心して過ごすために、私たちが大切にしていることについては、こちらにも書いています。
→「安心は、空気ではなく構造で作る — Club Inner Spaの考え方 —」
