今回の旅は、メンバーA、C、Tと私の四人から始まった。いつもの顔ぶれとは少し違う、四人でのスタートだった。
群馬で一泊して、みんなで焼肉を食べて、夜は少し遊んで。翌日から、二人のゲストがそれぞれの場所で旅に加わった。
全員が最初から最後まで一緒だったわけではない。それぞれが、それぞれのタイミングで合流し、少しずつ一つの旅になっていった。
山奥へ、さらに奥へ
二日目は、山の奥へ向かった。
加仁湯へ行くには、途中で専用のバスに乗り換える。
そこから、がたがたした山道を三十分くらい。
思っていたより長くて、けっこう揺れる。でも、こういう簡単にはたどり着けない感じも、秘湯の楽しさなんだと思う。
窓の外は、ずっと深い緑。
ときどき木漏れ日が差して、山の空気が車の中まで入ってくる。
「ああ、草のいい匂い」
そんなことを言いながら、みんなで山の奥へ進んでいった。
ようやく着いた加仁湯は、まさに山奥の秘湯だった。
周りは山ばかりで、日常からずいぶん遠くまで来たような気がした。

そのあと向かった木賊温泉は、加仁湯とはまた全然違う。
川沿いの細い小道を下っていくと、その先に共同浴場がある。

熱くて、すっきりしていて、身体にガツンと入ってくる湯。
入った瞬間に、
「あ、この湯、好きだな」
と思った。
きれいに整えられた観光地というより、土地の暮らしの中に、昔から温泉がある。
そんな感じの場所だった。
川の音を聞きながら、熱い湯に入る。
そこへ、この日の夜から参加するゲストもやってきた。
初めて会う場所が、山奥の混浴温泉。
あらためて考えると、なかなかすごい出会い方だと思う。でも不思議と、変に構えた感じにはならなかった。
温泉が好きで、ここまで来た。まずはそれだけで、話せることがちゃんとある。
翌日の大出館では、こっくりと濃い硫黄泉に入った。
そして、私が特に気に入ったのが墨の湯。少し油のような香りがあって、ぬるめで入りやすい。
女性専用の時間には、ひとりで静かに入ることもできた。
考えてみれば、今回の旅で完全にひとりになったのは、その時間だけだった。
みんなで入る温泉は楽しい。
でも、ひとりになると、それまで気づかなかった自分の気持ちが、急に見えてくることもある。
仲間と入る湯もいい。
ひとりで入る湯もいい。
やっぱり私は、どちらも好きなんだと思う。
一緒に食べると、さらにおいしい
旅の楽しみは、温泉だけじゃない。
今回、みんながかなり喜んでくれたのが、木賊の宿のごはんだった。
特に、イワナ料理が本当においしかった。
山の宿で食べる焼きたてのイワナって、それだけでも特別だけど、今回はみんなの反応がすごくよくて、
「この宿を選んでくれてありがとう」
と言ってもらえたのが、すごく嬉しかった。
行ってみたい場所を探したり、宿を選んだりするのは好きだけど、実際に行くまでは、みんなに気に入ってもらえるか少し不安でもある。
だから、みんながおいしそうに食べているのを見ると、
「ああ、ここにしてよかった」
と、ようやく安心する。
一日目の夜は、みんなで焼肉も食べた。
好きなものを焼いて、食べて、話して、笑う。
本当にそれだけの時間なんだけど、気の合う人たちと囲むごはんは、やっぱり楽しい。
同じ料理でも、一人で食べるのと、誰かと「おいしいね」と言いながら食べるのとでは、心に残り方が全然違う。
旅先で食べたものを思い出すときって、味だけじゃなくて、そのとき一緒にいた人の顔や、交わした言葉まで一緒に戻ってくる。
だからたぶん、旅のごはんは、一緒に食べた人の分までおいしくなるんだと思う。

初対面なのに、初対面じゃないみたいだった
今回の旅には、ブログを読んで来てくれた二人のゲストがいた。
一人は二日目から。
もう一人は、その日の夜、木賊温泉で合流した。
最初からずっと一緒だったわけではない。
それぞれが途中から旅に加わってきた。
初対面の人と会うときは、やっぱり少し緊張する。
どんな人なんだろう。
ちゃんと楽しんでもらえるかな。
居心地悪くならないかな。
迎える私の方にも、毎回ちょっとだけ不安がある。
でも今回は、話しているうちに、二人とも少しずつ自分のことを話してくれた。
無理に会話を盛り上げようとしなくても、同じ湯に入って、ごはんを食べて、同じ道を移動しているうちに、自然と言葉が増えていった。
その感じが、すごく嬉しかった。
文章に共感して来てくれる人には、どこか似た空気があるのかもしれない。
静かで、無理をしなくて、でもちゃんとその場にいる。
初対面なのに、初対面じゃないみたいだった。
そして、今回来てくれた二人が、混浴には興味があっても、そこにある刺激だけを目的にしていなかったことも嬉しかった。
温泉そのものを楽しむこと。
裸でいる解放感を味わうこと。
人と話すこと。
普段は行かない場所へ行くこと。
そういうものを、ひとつずつ楽しんでくれていたように感じた。
「ああ、私が文章で伝えてきた方向は、間違ってなかったんだな」
そんな答え合わせをしているような気持ちになった。
書くことは、一人ですることだけど、その文章の先に、本当に人がいる。
そして、その人と現実の世界で会って、一緒に旅をすることがある。
それはやっぱり、不思議で、すごく嬉しいことだった。

私たちらしい旅のかたち
今回の旅を振り返って、Club Inner Spaらしさって何だろうと考えた。
混浴に行くこと。
裸で過ごすこと。
少し特別な空気を楽しむこと。
そういうものも、もちろん私たちの一部だと思う。
でも、それだけではない。
今回の旅でも、楽しみ方は人それぞれだった。
混浴ならではの刺激を楽しんだ人もいたし、温泉そのものや、裸でいる解放感、人との会話を楽しんだ人もいた。
どちらかが正しいわけではない。
その人が心地よいと思える形で、その時間を楽しめればいい。
そして今回あらためて感じたのは、艶めいた時間がなかったとしても、私たちの旅には十分に人を満たすものがある、ということだった。
温泉を味わうこと。
おいしいものを一緒に食べること。
初めて会う人と少しずつ言葉を交わすこと。
安心できる仲間と、見たことのない景色を見に行くこと。
裸でいても、無防備になっても、大丈夫だと思えること。
そういう時間だけでも、人はちゃんと満たされる。
たぶん、私たちが作ってきたものの中心にあるのは、何か特別な出来事ではない。
無理をしなくてもいいこと。
そのままの自分でいられること。
お互いに少しずつ気を配りながら、一緒の時間を楽しめること。
初対面の人がいても、気づけばその人がそこにいることが自然になっている。
そんな空気なんだと思う。
その空気があるから、旅そのものを楽しめる。
その空気があるから、裸になることも、混浴に入ることも、ただの刺激ではなく、心地よい体験になる。
これからも大切にしたいのは、たぶん、そういう旅のかたちなんだと思う。

また、誰かと湯を巡るために
三日間の旅を終えて、あらためて思った。
やっぱり私は、温泉が好きだ。
またいつか、山の奥の湯へ向かいたい。
そこに集まった人たちと、無理をせず、同じ景色を見て、同じ湯を味わいたい。
今回の旅で見えた、私たちらしい旅のかたち。
これからも、大切に育てていきたいと思う。
