雪の万座で、いい大人が素っ裸で右往左往した理由──その先にあった静かな幸福。
可笑しさと静けさが同時に訪れた、冬の万座の露天での出来事を綴ります。
はじめに ─ 雪の中で万座の湯に入ってみたくて
久しぶりに一泊できることになり、少し遠出をしてみたくなった。
向かった先は、ずっと「雪の中で入ってみたい」と思い続けていた 万座温泉。
夏の万座には何度か訪れたことがある。
アブが寄ってきたり、湯が熱すぎたり、熊を見かけたりと落ち着かない記憶も多い。
それでも忘れられないほど“お湯がすばらしい場所”だった。だからこそ、雪景色の中であの白濁の湯に浸かることを、ずっと心の奥で願っていた。
渋川から万座へ──仲間と笑いながら向かった雪の道
11時ごろ、仲間と 渋川市 で合流し、車で万座へ向かった。
同じ群馬県内とはいえ、渋川から万座までは約2時間。
道の駅で買ったおにぎりを食べながら何気ない話に笑い転げていたら、遠いと思っていた道のりもあっという間に感じた。
40代になって、こんなふうに一緒に遠出し、心から笑い合える仲間ができるとは思っていなかった。
若い頃は真面目に生きすぎて、あまり遊ばなかった私。
今になって、失われていた“青春の感覚”が少しずつ戻ってきているような、そんな不思議な充足があった。
東京でも雪が降った日。万座に近づくにつれ、景色は一気に冬の世界へ。
粉雪が舞い、雪をまとった枯れ木が静かに立ち並び、その白の眩しさに目が追いつかないほどだった。
湯の花旅館へ──古さも美しさになる場所
今回訪れたのは、湯の花旅館。
雪の重みで少し傾いたように見える外観も、万座らしい風情として愛おしい。
建物に入るとすぐ、奥の混浴露天風呂へ向かった。
誰もいなかったので湯温を確かめると──ぬるい。
外気温はマイナス10度。熱すぎても困るけれど、ぬるいのはもっと厳しい。
仲間が数歩進むごとに湯の温度が下がっていき、
「冷たい!これは無理!」
と飛び出してきた。濡れた身体では1分も耐えられない冷気だった。
露天風呂が“上下二層”に?──どうしても入りたくて奮闘する
「あれ、浅いところだけ温かい……?」
私たちも足を入れてみると、上層はほんのり温かく、深いところは完全に冷たい水。
どうやら湯が“上下二層”に分かれてしまっているらしかった。
諦めきれず、どうにか湯を復活させようと試みる。
まずは源泉を塞いでいた木片を外し、流れを最大に。
アツアツの湯がじょろじょろと流れ込み、その温かさに救われながら、次に排水できないかと底を探る。
白濁していて何も見えない中、仲間が水面から飛び出していた木を思い切り引き抜くと──
やっぱり排水溝だった。よし!
見ていてわかるほどの速さで冷たい水が抜けていく。
「やったー!」
これで、あたたかい湯を取り戻せる。
水位が下がり、寝そべらないと身体を浸けられないほどの浅さになった湯に身を沈め、熱い源泉がゆっくり浴槽を満たしていくのを、寒さに震えながらじっと待った。
外も湯も寒い──それなのに可笑しくて、笑ってしまった
外気はマイナス10度。
外に上がっても寒い、湯に浸かっても寒い。逃げ場のない状況に、いい大人が素っ裸で右往左往している光景が可笑しくて、思わず笑いがこみ上げた。
ちょうどそこへ、内湯であたたまっていた仲間が戻ってきて、
「なにしてるの?大丈夫?一旦あたたまりなよ」
と言ってくれ、ようやく我に返る。
私たちは一旦内湯へ避難した。
内湯でひと息──硫黄の香りと静けさに包まれて
女湯の内湯は静かで、湯の音だけが響いていた。
冷え切った身体に、熱い湯を何度もかけて、身体をなじませる。
こんなにも深く湯のありがたみを感じたのははじめてかもしれない。
建物が傾いているせいか、浴槽の水面がどこか斜めに見える。
夏に来たときより傾いた気さえしたが、それすら気にならないほど湯がすばらしい。
白濁した湯に濃い硫黄の香り。
栃木の 大出館 と同じくらい硫黄が濃いのに、万座の湯はどこか軽い。
濃厚でありながら身体にふわりと馴染む、やさしい感触だった。
静かな露天へ──湯と雪と仲間の気配だけがある時間
十分あたたまってから露天へ戻ると、湯はしっかり温まっていた。
雪に囲まれ、湯気が風に揺れ、どこか別世界のよう。
3人で黙ったまま浸かった。
ただ、雪の白さと湯のあたたかさ、そして隣にいる仲間の気配だけを感じながら。
言葉はいらなかった。
湯にほどけ、雪に包まれ、ただそこにいるだけで満たされる──
そんな静かな時間が、そこにはあった。
