— 湯けむりの中で、下ろしたもの —
湯けむりの中では、
言葉よりも先に、空気が動きます。
視線が交差することもある。
肌に触れない距離で、
気配だけがすれ違うこともある。
混浴温泉は、ときどき
その人の内側を、静かに映します。
不安があるときは、ざわめきになる。
信頼があるときは、やわらかな確認になる。
パートナーと湯を共にした、ある日。
彼は、強がることもなく、
誇示することもなく、
ただ、安心した呼吸でそこに立っていました。
何かを証明するためではなく、
隠していたものをそっと下ろしたあとの、
やわらかな気配。
私はその変化を、
湯のぬくもり越しに感じていました。
混浴は、刺激の場所だと思われがちです。
けれど本当は、
関係の質を映す鏡のようなもの。
信頼があるとき、
人は競わなくていい。
比べなくていい。
ただ、そこに在ることができる。
湯の中で交わるのは、身体ではなく、
安心の温度なのかもしれません。
混浴でいちばん露わになるのは、
大胆さではなく、信頼なのかもしれません。
