
最近、少しだけ思っていることがあります。
これまで、Club Inner Spaのブログでは、
主宰として、という立場で記事を書いてきました。
混浴温泉での出来事や、
そこに流れている空気、
参加してくれた人たちの声。
そういうものを中心に書いてきたので、
読んでくれている方には、
「Club Inner Spaってこんな場所なんだな」という雰囲気は
なんとなく伝わっているかもしれません。
でも最近、ふと思うことがあります。
そもそも私は、なぜこんなことをしているんだろう?
きっかけは、とてもシンプルでした。
混浴温泉で感じたことを、
ただ書き残しておきたい。
それだけだったと思います。
湯の中で人がふっと緩む瞬間や、
言葉にしづらい身体の感覚、
その場に流れている空気。
そういうものがとても面白くて、
忘れたくないと思ったんです。
書き続けているうちに、
少しずつ気づいたことがあります。
私はたぶん、
人の欲というものにとても興味があるんだと思います。
自分の欲も含めて。
人の心理だったり、
身体の感覚と意識の動きだったり、
言葉にならない衝動だったり。
そういうものを見ているのが、
純粋に好きなんだと思います。
自分だけじゃなくて、
人の中にあるそういう部分を
もっと見てみたい。
そんな気持ちが、
私の中にはずっとある気がします。
もともと私は、
身体そのものよりも
身体を通して見えるものに惹かれてきました。
意識とか、
宇宙とか、
祈りとか、
ワンネスとか。
呼び方は何でもいいのですが、
そういうものです。
私たちは、いずれそこに戻っていくのだと思うけれど、
身体という物質が生きているあいだは、
それを外側から知覚することができる。
身体があるから、
意識の動きや欲や感情が
具体的なものとして現れる。
それがとても面白いと思っています。
だから私はたぶん、
身体の感覚を丁寧に掬い取ったり、
欲があるなら叶えてみたり、
苦しさがあるならじっと見つめたり、
そういうふうに、
人が自分の内側と向き合う瞬間に
強く惹かれるのだと思います。
それは身体のことだけではなく、
欲も、
感情も、
意識も、
全部同じように
深く向き合えるものだと思っています。

私自身の中にも、
強い衝動があります。
それは性欲という形で
かなりはっきり存在していました。
無視することはできないくらいに。
でもそれは、
ただ誰とでも身体を交えたい
というものではありませんでした。
見られること。
愛すること。
人の欲を目撃すること。
それを紐解いていくこと。
そういうことを通して、
少しずつ満たされていくような感覚です。
その衝動を自分が認め、行動に移すきっかけとして、
夫の浮気という出来事がありました。
でも今振り返ると、
その出来事が起きる前から、
私の中にはこういう衝動があったのだと思います。
ただ、その頃は
自分でも気づいていませんでした。
その出来事がきっかけで、
それまで自分に課していた
いくつかのブロックが外れて、
その衝動が
むき出しの形で現れてきました。
そこから少しずつ、
自分の欲や興味に
正直に向き合うようになっていきました。
まだ道の途中だし、
完全に満たされることは
たぶんこれからもないと思います。
でも、自分の欲に誠実に向き合ってきたら、
気づいたら今の場所に立っていました。
私にとって混浴温泉は、
堂々と裸でいられる場所です。
そして、
私の裸を歓迎してくれる人がいる場所。
私は昔から、
裸でいることが好きです。
どうしてなのか、
正確にはわからないけれど、
たぶん解放感があるからだと思います。
見られることに、
嫌悪感はありません。
むしろ、少し嬉しい。
人の視線を感じると、
お腹の奥がきゅっとなるような、
小さな感覚が生まれることがあります。
そういう身体の反応を、
私はどこか面白いと思っています。
だから一人で混浴温泉に行っていた頃は、
正直に言えば、
自分の性欲を満たす場所でもありました。
誰かに見られること。
その気配を感じること。
そういうことで、
私は自分の欲を満たしていたのだと思います。

でも、今のパートナーと出会ってから、
その時間の意味は少し変わりました。
湯の中で仲間たちと
ゆるく会話をする時間も好きになりました。
そして今は、
愛する人と同じ湯に浸かる時間が
何より大切な時間になっています。
もしかすると私にとって混浴温泉は、
欲を観察できる場所なのかもしれません。
男性が何を感じているのか。
自分の身体はどんなふうに反応するのか。
人の欲はどんな形で現れるのか。
そういうものを
静かに見ていられる場所。
湯の中という少し特別な空間で、
人は思っているより正直になります。
その瞬間を見ているのが、
私はとても好きなのだと思います。
でも実際に混浴に行くと、
私がいちばん見つめているのは
愛するパートナーの顔だったりします。
彼は少し変わっていて、
いわゆる「ワニ」とはちょっと違います。
女性の裸に興味がないわけではないけれど、
それ以上に、
女性を見て欲をむき出しにするワニたちを
面白そうに観察していることが多いんです。
純粋に、人そのものに興味がある人。
人が好きな人なんだと思います。
そんな彼が今、
どんなことを考えているのか。
何を見ているのか。
それが気になって、
私はつい彼の表情を見つめてしまいます。
欲を観察するつもりで湯に入っているのに、
気づくと私は、
彼を観察している。
そんな時間でもあります。
もしかすると私はこれからも、
身体や欲や意識の動きを
ずっと観察し続けるのだと思います。
自分のことも、
人のことも。
混浴温泉という場所は、
私にとってそのための
とても面白いフィールドです。
そしてもし、
人の欲や、
身体の感覚や、
意識の動きに
静かな興味を持っている人がいるなら、
どこかで
言葉や湯を通して
出会えたら嬉しいなと思っています。

身分も関係なくありのままをさらけ出せる場所が混浴であると思っております
トモさん、コメントありがとうございます。
本当にそうですね。
混浴には、身分や立場を少し横に置いて、ありのままの身体で湯に浸かれる時間がありますよね。
その空気があるからこそ、人の自然な姿が見えてくる気がします。