春の湯に、満ちる週末

春の屋外混浴温泉。桜の花びらが湯に舞い、新緑の木々に囲まれた中で、数組の人たちが静かに湯に浸かっている穏やかな光景。

土曜は野湯、日曜はいつもの湯へ

いつもは、あっちの湯、こっちの湯と
2ヶ所くらい巡るのが私たちのスタイルだけど、

この週末は、少し違った。

あまりにも心地よくて、
土日ともに、ひとつの湯にとどまった。


道すがら、春に満たされていく

両日とも、うららかな晴天。

道すがらには、満開の桜。
菜の花、大根の花、チューリップ。
黄、紫、赤と、色が華やかに広がっていて、
そのあいだに、新緑が静かに芽吹いている。

ただ車を走らせているだけなのに、
もうすでに満たされていくような景色だった。


人が多いのに、静かな湯

私たちが昼過ぎに到着したとき、
すでにカップルが3組ほど湯に入っていた。

それぞれが、言葉少なに、
思い思いの時間を過ごしている。

不思議なことに、
あれだけ人がいるのに、
場の空気はとても静かだった。

いつもならもう少しざわつくはずの“ワニさん”たちも、
今日はどこかゆったりしていて、
全体にやわらかく落ち着いた雰囲気が流れている。

春の光と、ぬるめの湯と、
少しだけ増えた人の気配。

その全部が混ざり合って、
それぞれが、それぞれの在り方で、
ただ静かに春の湯を味わっていた。

人の数は多いのに、
心はどこか、ひとりずつでいられるような空気だった。


季節ごと、湯に浸かる

混浴の湯にも、
近くの桜から花びらが舞い落ちていた。

湯のすぐ脇にある木も、
やわらかな新緑をまといはじめていて、
光に透けるその緑が、とてもきれいで。

湯の中にいながら、
季節そのものに浸かっているような感覚になる。


ただ並んでいるだけで満たされる

長湯にちょうどいい温度の湯の中で、
パートナーと並んで、ただぼんやりする。

会話は多くないけれど、
ときどき目が合って、
それだけで十分な気がしてくる。

身体の力が抜けて、
思考もゆるんでいって、
ただ「ここにいる」という感覚だけが残る。


「幸せだね」と、何度もこぼれた

「幸せだね〜」

そんな言葉が、
何度となく、ふとこぼれた。

あちこち巡る楽しさもあるけれど、

ひとつの場所にとどまることでしか
見えてこないものもある。

湯の温度の微妙な変化や、
時間帯で変わる光、
そこにいる人たちの空気のゆるみ方。

それらがゆっくり重なっていって、
気づけば、自分の内側まで静かに整っている。


満たされる、ということ

たぶん、こういう時間のことを
「満たされる」と言うのだと思う。

誰かと一緒にいるのに、
ひとりでも満たされているような、
とても豊かな時間。

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